C'est la vie

日々の言葉だったりホロスコープだったり、雑記など

誕生日に自分の事を考える。

私事ですが、先日誕生日を迎えました。
数年前はまさかこんな状態(出戻り)で誕生日を迎えるなんて思ってもみませんでした。
 
”実家です、独り身です、3○歳なんです。くぅ〜。”(川平慈英風に)
 
人生って本当にわからないものです。
思い描いてた理想や現実をいきなりぶち壊してきたりしますから(笑)
 
いきなりと言うと語弊があるかもしれません。
正確には”ジワリジワリ”と…です。
 
自分でも気づかない間に崖っぷちに立っていたんでしょう。
もうその後は言わずもがな。
 
谷底まで幾多の障害をもろに体に受けつつ落ちました。
傷だらけです。ボロボロです。
 
でも止まったんですよ、動きが。
だって地球に住んでるから。
 
私の例なんかは甘い方だってわかっているんです。
でも当事者はそんな事が飛んでしまうぐらい、いっぱいいっぱいになっちゃうんですよ。
 
でもその時に少しでも拠り所になれる場所があれば、”最悪な事態”を避けられるケースがたくさんあるのではないかな?と、身をもって実感しました。
 
 
例えば、自分が底に落ちた時に気づいた事があるのですが…
 
 
「家族が頼りになるかと言ったらそうでもない。」
 
これは普段の家族間の付き合いによって変わると思うのであくまでも私の場合です。
 
私が「死にたい、いなくなりたい(実際にそう思った事がありました)」と思った時に側にいてくれた事は確かなんですが、不安が消える事は全くなかったし、逆に落ち込んでしまった気がします。
 
一言で片付けてしまうなら「親が苦手だから」
 
決して仲の悪い家族ではないんです。
ただ、よくある”両親の理想”を知らず知らず押し付けてくる様な感覚が積もり積もって、それが私の両親嫌いに繋がっているのでは、と思います。
 
 
なので私がその様な状態に陥った時に「そんな事言わないで」とか「大丈夫だから(そばにいるから)」とか言われても何の慰めにもなりませんでした。
 
 
友達は論外です。
弱ってんだな〜って思われるとか、心配されたりするのが嫌って言うよりも、ただ何となく言えないケースの方が多いのではないかと思います。
 
 
私も友達にはほぼ何も話しませんでした。
(ただ、同じ様な経験をした事がある人ならどうかな?)
 
 
 さて、こうなると最後は第三者しか残されていません。
でもこれが一番の正解なのかもしれないと私は思っています。
 
事実「親が苦手」は私がカウンセリングを受けた時にカウンセラーではなく(笑)自分で見つけた答えです。
 
その後カウンセリング代が高かった事と、その事実がわかったので数回で通うのを辞め、後はひたすら自分で自分に向き合う日々を過ごして本日に至ります。
 
さて、これ以上行くとものすごい長さになってしまうので、ここで一旦閉めます。
 
ただカウンセリングでもいいんですが、もっと身近で手軽な話せる場所や人がいるともっと救われる事もあるんじゃないかな?と考えた誕生日でした。
 
そして私の経験も含めてそんな場所を提供できたらいいなと、まだ漠然とではありますが考えています。